まもなく引退の「キハ85系」を激写

先月、帰省のついでに、紀勢線を走る「キハ85系」ディーゼル特急を撮影に行った。
名古屋から関西線、伊勢線(伊勢鉄道)、紀勢線を走り紀伊勝浦まで行く特急「南紀」。今年6月末で引退する。
来月からは「HC85系」というハイブリッド車両に置き換わる。キハ85系はこの地方では特急ひだ号に使われていたが、一足先に引退している。
思えば国鉄時代、この紀勢線で最期を迎える車両が比較的多かったように感じる。1972年から紀勢線に導入された「キハ81系」。ボンネット型の特急用車両で東北地方で長く「はつかり号」をして使われていた。その車両の最期の活躍の場がここ紀勢線だ。この頃は名古屋から紀伊半島を一周して大阪天王寺まで走っていた。懐かしい。

昔の写真を探していたら「くろしお号」があった。白黒写真だ。ついでに駅舎があったころ阿漕駅の写真も見つけたので掲載。

タイトスケジュールで「奈良井宿」撮影旅

先週土曜の夕方からタイトスケジュールで「奈良井宿」を訪れた。予てから行ってみたい場所。以前「道の駅巡りの旅」と途中で立ち寄ったが人が多くてうんざりした記憶あり。駐車場が満車で車を停められず諦めた記憶。
今回日曜未明から雨の予報もあり、雨の奈良井宿を撮りたくて訪れた次第。
夜現場到着。そのまま車中泊。
早朝4時半に起床。小雨の降る絶好のコンディション(笑)。念のためレインウェアの上着だけ羽織って散策。色々と旧街道を歩いているがここ程、昔の面影を保存している所は稀なのではないか。
4時半から6時半頃まで2時間ほど散策。
早朝なので殆ど人影もなくゆったりと旧街道を楽しむことが出来た。数人の観光客であろう人も見かけたが、この宿内の民宿に泊まられている方々。一人着物に番傘の女性を見かけたが、海外からの観光客のようだ。
散策しての感想はいつも思うことだが、ここを住居として生活されている方々の苦労だ。飲食店や宿泊施設など営む方々は仕方ないにしても昔から住まわれていて、突然「伝統的建物保存地区」に指定されたら大変だ(-_-;)。
観光地として賑わうのもいいけど、静かに生活すること望む方も居るだろうに・・・。

京都丹後鉄道(tantetsu)車輌撮影

舞鶴(西舞鶴)駅から「京都丹後鉄道」出ている。
事前調査で分かっていたので昼頃「西舞鶴」駅へ。
無料駐車場はなく60分100円の市営駐車場へ車を止めた。
少し歩いて「西舞鶴」駅へ。
JRのホームの端に「TANTETSU」のホームがある。
時刻表を見に行くと結構な客。
臨時列車の運行があるのかな。
一枚目は「丹後の海」という車輌。調べたら毎日運航しているようだ。
天橋立に列車で行くにはこれで行くしかないのかな。
あとは引き込み線に置いてあった「丹後の海」と車庫にあった車輌二両を撮影。
赤い(エンジ色)車輌は「あかまつ」って言うらしい。

道の駅「信州平谷」へ

午後4時半前に名古屋出発。2時間半の道程。稲武まではよく来た場所。稲武のコンビニ(ファミマ)で夕食やビールを買い出し。午後7時に現地(道の駅)到着。到着後散策。道の駅施設の両側にひまわり畑あり。温泉施設や食事する場所もあったが今回は車中泊と撮影のみ。道の駅のスタンプは24時間利用可能は情報コーナーにあった。

久々の車中泊は多少高地(標高900mほど)なので涼しく過ごせると思っていたが、到着時は蒸し暑くて、夜寝られるか心配したほど。車の中全体に熱気が残っている感じ。
今回のメインの目的は日の出のタイムラプス撮影。D7200の「微速度撮影」機能を使っての撮影だ。朝4時過ぎから撮影の敢行。今回はタイムラプスがメインなのでほぼ待ち時間。1時間掛かって1分の動画を撮る感じ(-_-;)。朝道路上にある看板の気温表示は17℃。結果はイマイチ。明るさが変わる被写体を連続撮影はムリなのか。

7時ごろには道の駅を後にした。早めに帰宅をとも思ったが近くに車で登れる山(長者峰)があるとの情報を入手していたので行ってみることに。ナビでの案内は途中までだったが難なく登頂(笑)。

偶然(ではないが)見つけた「長者峰」はナカナカいい感じの場所。1500mほどの標高がありそこまで車で行ける。駐車場はそれほど広くはないが避難小屋もトイレもあった(水はないが)。時間掛からずに行ける。涼しそうだし夏のキャンプ(車中泊)には打って付け。あと天然のプラネタニウムと銘打っている。星景撮影も楽しめそうだ。

田舎の人の温かさを感じた旅

道の駅のスタンプラリーに目覚めて、車中泊での道の駅巡りが最近のマイブーム。
先日(11/08)も仕事終わりに出かけて遠方の道の駅「くんま水車の里」へ。
その日は到着後すぐに就眠。翌朝にスタンプだけ押して次の道の駅へと目論んでいた。
以前ネットで見た情報では9時には店が開くとあった(これが後から私のチェックミスだと気づくのだが)。
実際にお店などを見ても開く気配はない。
この時にネット情報当てにしていた自分を戒めた。
結局10時らしい。時期によって開店時間は変わるようだ。お店とは別の施設の準備している人に聞いた。
まだ30分以上あるし、未明から降り出した雨で近くに観光地(遺跡など)もありそうだが、行く気にもなれず車で待つことにした。
でもすぐに先ほどの方が雨の中、私が待機している車に来た。
「今から店の裏手に来ていただければスタンプを用意します」とのお言葉。
開店時間を尋ねた際にスタンプを押しに来たと言う図々しいお願いも説明した。
丁寧にお礼を言ってお言葉に甘えさせて頂いたが、久しぶりに人の温かさを感じたのでメモを残そうと思う。
お詫びにお土産でも買い物をしようと財布も持って訪れたが店の裏手だったのでそれも出来ず仕舞い。
改めてここでお礼を申し上げたいと思う。

上の画像の看板「ム月、、ヒヒ、、」。何かと思ったら熊の漢字を分解したものだ。

「ム月、、ヒヒ、、」

「日出ヶ岳(大台ヶ原)」山行と温泉

東京オリンピックの関係で昨日今日と連休。昨日の夜出発して大台ヶ原駐車場で車中泊。早朝から山行を敢行。早朝から登ったので午前10時には下山(駐車場へ戻った)。次に事前にネット調べた「名古屋岳」に行こうと歩き始めた。どちらも駐車場からそれほど遠くないし、標高を同じくらい(100mも上がらない)。でも「名古屋岳」ルートは「立ち入り禁止」の看板があり、断念。あとで「ビジターセンター」で聞いたが、樹木保護のために「立ち入り禁止」になっているようだ。
以前から行ってみたかった温泉「小処温泉」でひと風呂浴びて帰宅。

もののけの森へ

昼過ぎの「麦草峠」へ。まだ駐車場はほぼ満車だったが運良く一台だけ空きを発見。一安心して辺りを散策しようかなと思っていたらにわか雨。なので車内で早速ビール(今日はここで車中泊)を飲み始めて休憩。雨の所為もあるだろうが、外気温は18℃。さすが2,100mの高地だ。涼しい。少しだけ窓を開けて快適にすごせた。

雨降り

ほどなくして雨も上がったので辺りを散策。実はこの駐車場はケータイの電波が届かない。天気予報を見ることもできないし、LINEもできない(-_-;)。もちろんゲームも・・・。麦草ヒュッテがすぐの場所にあるので、そこならと思って行ってみたがそこもダメ。

麦草ヒュッテ

食事を済ませてからはまどろみの時間。それほど眠くもなかったが、ビールもなくなったので、のんびり横になっていた。朝4:15にアラームをセット。いつの間にか寝ていたがアラームが鳴る前に目覚めた。で星空の様子をみようと外にでたが、もう少し明るくなりかけていて少しの星だけしか見られなかった。出発前の車外気温は13℃。少し明るくなってきた5時すぎにスタート。目指すは「もののけの森」。

もののけの森

今回の山行(山歩き)の感想だが、神秘的で非常に癒される空間ではある。でも休日はちょっと人出が気になる。もっと人の居ない地がいい。あとまったりできる場所がない。人出が多い所為もあるが、自然(苔)を保護するため、木道しか歩けない。ちょっと山の中に入ってみようってことができないわけだ。なので一服する場所がない、ベンチもなかったし、ましてやお湯を沸かして食事するってスペースがない。山小屋で食事するスタイルの山びとならいいかも知れないが・・・。私にはあまり良い場所ではない。
標高が高いので夏に来るには良いところではあるが・・・。

久しぶりの「野辺山」

以前は夏になると「野辺山高原」へ良く行った。コロナ禍でナカナカ行けななくなったが、久しぶりに訪れてみた。早朝4時前に出発。早朝なので最初は下道。途中中央道は「瑞浪」から。今回は中央道「諏訪」まで高速。そこからは国道299号線。メルヘン街道を目指した。
明日「もののけの森」に行く予定をしているので、その下見に「麦草峠」に立ち寄った。はやり駐車場は満車。そのまま野辺山方面へ。
「八ヶ岳ふれあい公園」。駐車場には数台の車があったが運よく木陰に車と止められたのでリアのドアを開けて食事。あまり風はないが、何とかすごせる。もちろんエンジンを止めて。やはり高原。この辺りの標高は1,300mほど。虫もそれほど気にならない。虫もそれほど気にならない。食後、ちょっと昼寝。その後、池の周りをウォーキング。前後して「開拓記念碑」も訪れた。ここでのんびりして再度「麦草峠」を目指す。

旧伊勢別街道「椋本宿」を訪れて

この日、実は山行の予定だった。
でも強風のため断念。
その帰りに立ち寄った「椋本」。
昔私の勤めていた会社が近くにあり、この地区の人達とは結構親しくなった。
でもそれは40年も前のこと、ここを訪れた理由は「伊勢別街道」であること。
その証拠の道標があった。
あと宿場の名残の「宿」も。
この宿、平成20年末まで営業していたらしい。
他にも旧家が・・・。

佐屋街道の旅

佐屋街道は東海道の「七里の渡し」のう回路。熱田宿から桑名宿を結ぶ陸路。
途中、岩塚宿、万場宿、神守宿。佐屋宿と4つの宿があったようだ。
何回か(全6回)に分けて「佐屋街道」制覇の記録。

「yamapでの軌跡マップ」無関係な部分は「photoshop」加工。

0.大治町周辺をウォーキング(2019年5月19日)

愛知県大治町のウォーキングコースを歩いた。折角なので、神社仏閣巡り。佐屋街道も少し歩きました。

1.岩塚宿から烏森(2020年1月3日)

昨年少し歩いた「佐屋街道」が気になり「佐屋街道」完全制覇を目指して歩いてみることにした。まずは岩塚宿から烏森まで。

2.烏森から熱田宿(2020年1月5日)

方向は逆になるが、会社の初詣(初恵比寿)を兼ねて岩塚宿(烏森)から熱田宿まで歩きました。

3.大治から津島(神守宿)(2020年1月13日)

佐屋街道を西に、名古屋(大治)から津島(神守)まで、歩きました。
急に思い立って、何の下調べもせず、佐屋街道の以前の続き歩いてみました。佐屋街道は今の県道68号線。最初は「佐屋街道」の道標もあったが、それもなくなり、ただ肌寒い県道68号線歩き続けました。とりあえず今回は「神守」(津島)まで。

4.万場宿周辺(2020年1月17日)

佐屋街道、名古屋市内でまだ歩けていない部分があったので、会社帰りに歩いて来ました。万場の渡しから1kmほどです。

5.神守(津島)から佐屋(弥富まで)(2020年2月4日)

神守(津島)~佐屋~弥富と歩いて来ました。
名鉄電車で弥富駅から津島、津島から神守口まで名鉄バスを乗り継ぎ、前々回の神守の一里塚跡からスタート。
神守の宿場跡~佐屋宿場跡~ついでに弥富まで歩いて来ました。
神守や佐屋辺りは旧家がありました。埋田の追分跡は道を間違えて発見できなかった(-_-;)。
でもこれで「佐屋街道」を制覇しました。